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福岡地方裁判所 昭和50年(ワ)543号 判決

原告 後藤春士

右訴訟代理人弁護士 井手豊継

被告 明治乳業株式会社

右代表者代表取締役 小野正則

右訴訟代理人弁護士 村田利雄

同 國府敏男

主文

一、被告が原告に対し昭和四九年一〇月一日付けでなした戒告処分は無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文と同旨の判決。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一、原告の請求原因

1  被告は乳製品・乳飲料・加工乳の製造販売等を主な業とし、肩書地に本社を、福岡市ほか数十ヶ所に事業所を有する株式会社であり、原告は被告福岡工場に勤務する被告の従業員である。

2  被告は、昭和四九年一〇月一日付けを以って原告に対し被告の就業規則第五九条一号、三号及び第六〇条一号(その内容は別紙(一)に記載のとおり)にもとずき、戒告処分を行なった。

3  しかしながら、原告には何ら右就業規則条項に該当する懲戒事由はなく、本件処分は就業規則の適用を誤まった無効なものである。

二、請求原因に対する被告の認否

請求原因12の事実は認め(なお同2については、就業規則の当該条項が別紙(一)のとおりであることも認める。)、同3の本件処分の無効なることは争う。

三、被告の抗弁

1  原告は次のとおり、二回に亘って被告福岡工場食堂内において同工場長新藤日出昭の許可なく、ビラを配布した。即ち、第一回目は、昭和四九年六月二四日の昼休み時間中に右食堂内で同工場従業員に対して、同月二三日付の赤旗号外を配布し、第二回目は、同年七月六日に前回同様の時刻・場所において従業員に「あなたの一票を日本共産党へ」という標題のビラを配布した。

2  ところで原告は、第一回目の無許可ビラ配布行為に対して新藤工場長より即日注意を受け、今後同様の行為をしないよう同人から指示されたのにも拘らず、後日前記のとおり第二回目の無許可ビラ配布行為をなし、更にこの第二回目の無許可ビラ配布行為に対して同年七月二五日同工場長より改めて注意を受けたのに、そこでも原告は右各ビラ配布行為は就業規則や労働協約に違反するものではないから、今後ともこの種のビラを配布するとの意向を示した。

3  しかし原告の配布した右各ビラは、いずれも新藤工場長の事前の許可を要するものであり、それにも拘らず二回に亘って同ビラを無断配布し反省の色も見せなかった原告の行為、態度は、前記就業規則第五九条一号(同号にいう「会社の諸規定或は労働協約」とは、具体的には就業規則第一四条、労働協約第五七条を指す。)、同三号に該ることは明らかであり、本件処分は有効である。

四、抗弁に対する原告の認否及び反論

1  抗弁事実のうち、二回に亘るビラ配布行為については、無許可の点を除いて、原告が被告の主張するような日時・場所・態様でビラを配布した事実のみを認める。即ち、原告は昭和四九年七月七日に施行された参議院議員選挙の際共産党の候補者や政策を被告福岡工場に勤務する従業員に広く理解してもらおうと考え、同年六月二四日の昼休みを利用して同工場食堂において、そこに居合わせた従業員に対し前記赤旗号外を手渡したり、空席の場合はテーブルの上に同号外を置くなどして配布し、更に同様にして同年七月六日、「あなたの一票を日本共産党へ」という標題のビラを配布したものである。

2  右ビラは、いずれも被告福岡工場の従業員で組織する労働組合の上部団体が推せんする候補のビラであり、かかる類いのビラは新藤工場長の個別的な事前の許可を要しないのが同工場における従来からの取扱いであった。従って右組合の支部長をしていた原告が、右各ビラを配布するに当って同工場長の個別的な許可を求めなかったのはむしろ当然のことであって、これを以って本件処分の理由とすることは明らかに前記就業規則の解釈適用を誤まるものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一、請求原因12の各事実並びに原告が昭和四九年六月二四日の昼休み時間中被告福岡工場の食堂で同月二三日付の「赤旗」号外を従業員に配布し、さらに同年七月六日の昼休み時間中右食堂で「あなたの一票を日本共産党へ」という標題のビラを従業員に配布したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告が配布した前記ビラは、いずれも被告福岡工場の工場長新藤日出昭の許可なくして配布されたものであるところ、六月二四日配布されたビラの記載内容は、昭和四九年七月七日施行の参議院議員選挙に向けて日本共産党から立候補した全国区と地方区の各一名を顔写真入りで紹介した日本共産党の機関紙「赤旗」の号外であり、七月六日のビラは日本共産党参議院議員選挙法定ビラ三号として発行されたもので、その記載内容は「日本共産党に期待します」として各界有名人を顔写真入りで掲載し「あなたの一票を国民生活の守り手国政革新の真のにない手日本共産党へ」等と書かれた右選挙運動に関するものである。

そしてこれらを食事中の従業員に手渡したり、空席の食卓上に置いたりして配布したものであってその部数は六月二四日は約二〇枚、七月六日は約四六枚であった。

2  原告は本件ビラ配布当時、被告会社従業員で組織された明治乳業労働組合の福岡支部支部長の立場にあった。

右組合は上部団体としての食品労連に加盟し、他方その下部機構として全国の各地域に協議会が組織され同組合福岡支部も食品労連福岡協議会に加わっていた。

そうして前記参議院選挙に際して、福岡協議会は食品労連の運動方針に基き社会党、共産党所属の立候補者を支持することを決定し、同協議会議長名をもって協議会加盟の各単組支部分会代表者宛その旨通知した。

原告の前記各ビラの配布行為は、上述のとおり食品労連、同福岡協議会の選挙運動方針に沿ったものではあるが、これら上部団体の依頼によって配布したものでもなく、また原告所属の明治乳業労働組合又は同福岡支部の決定によって配布したものでもない。原告が日本共産党員の依頼によって配布したものである。従って原告の前記各ビラ配布行為は、主観的には組合活動の一環としてなす意思があったとしても、原告個人としての政治活動であったと認めるのが相当である。

なお、新藤工場長は原告の前記各ビラ配布につき同年六月二四日と七月二五日の二回にわたり原告に対し前記無許可ビラ配布が就業規則及び労働協約に違反するとして注意をしたが、原告は食品労連推せんの侯補者に関するビラであるから工場長の個別的許可はいらないとして今後ともこの種ビラを配布するとの態度をとった。

以上の事実を認定でき(る。)《証拠判断省略》

三、そこで本件処分の効力について判断する。

1  《証拠省略》によると、被告会社の就業規則及び明治乳業労働組合と被告会社との間の労働協約には別紙(一)記載のとおりの各条項の存することを認めることができる(但し、前掲就業規則第五九条、第六〇条関係部分を除く)。

原告が配布した前記各ビラは業務外の文書であり、その配布場所は会社構内であって会社の許可(福岡工場長の許可)なくして配布されたものであるから就業規則第一四条及び労働協約第五七条の文言に牴触することとなる。

原告はこの点につき、業務外の文書であってもこのような明治乳業労働組合又はその上部団体の推せんする選挙候補者に関するビラの如きは福岡工場長の個別的許可は不要であった旨主張するので判断する。

《証拠省略》によると、昭和三九年ごろから就業規則第一四条、労働協約第五七条の解釈に関連して、被告会社では明治乳業労働組合又はその上部団体である食品労連が発行するビラについては休憩時間中これを配布することを包括的に許可していたので個別的許可を不要とする取扱いをしてきたが、右以外の業務外文書については個別的許可を要するものとし、しかも右包括的許可があった範囲のビラ以外のビラについては福岡工場では原則として不許可とする方針で望んでいたことを認めることができる。

《証拠判断省略》

従って原告の前記主張は理由がない。

2  ところで原告の前記各ビラ配布が形式的に就業規則第一四条労働協約第五七条に牴触することから直ちに本件処分が有効であるかなお検討を要する。

被告会社の就業規則並びに労働協約には直接、会社構内で従業員が政治活動をすることを禁止した条項は見当らない。しかし社内での政治活動は、その方法として従業員が会社構内の一定場所に集合したり、印刷物を掲示或はビラの配布等によってなされることが多いことからすれば、右各条項によって実質的には政治活動を制限したものと見て差しつかえないであろう。

使用者が会社構内に於て企業施設を利用して行う従業員の政治活動を就業規則でもって制限ないし禁止することが認められるのはそれが会社の有する施設管理権を一時的にせよ侵害するからに外ならない。つまり使用者は本来企業施設を経営目的に従って管理し、従業員の行為を必要な限度で規律し得ることは当然である。

しかし、休憩時間は労働基準法第三四条三項により従業員の自由使用が保障されており、その時間は労働者が労働義務から解放され、使用者の労働指揮権は及ばないのであるからその間は労働者の自由な利用に委ねるのが原則である。

このようにみてくると使用者の施設管理権と労働者の会社構内における休憩時間利用の自由(本件についていえば更に政治活動の自由)とが矛盾、衝突するような場合もあり得ようがこの様な場合、前記制限規定を合理的に解釈すると、その制限は、休憩時間中に於る会社施設内の政治活動により、現実かつ具体的に経営秩序が紊され経営活動に支障を生じる行為、たとえば喧噪、強制にわたるなどして他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいては就労に悪影響を及ぼすものに限定されるべきであって、かく解してこそはじめて休憩時間中に於ける従業員の政治活動を制限する規定の有効性が根拠づけられるものと解される。

また労働組合が会社構内において被告会社との間で、その政治活動を制限する労働協約を締結することは前述の使用者の施設管理権の効用に鑑み合理的理由なしとはいえない。しかし、組合員個人の政治活動を制限しこれを有効視できる限度はすでに就業規則第一四条について解釈したのと同様に解するのが相当である。

そこで以上述べてきたところを本件について見るのに、原告は前認定のとおりいずれも昼休みの休憩時間中に会社食堂内で六月二四日には前記内容の赤旗号外約二〇枚を、七月六日は約四六枚のビラを配布したというのであってしかもその具体的態様については、《証拠省略》をも合わせ考えれば、いずれも食事中の従業員数人に一枚づつ平穏に手渡し、他は食堂の卓上に本件ビラを静かに置いたもので、従業員が右ビラを受け取るか否かは全く各人の自由に委されており、右ビラの受領を強制した事実もない。なお右ビラ配布に要した時間も数分間で終了したものであって各人がこれを閲読するか或は廃棄するかは各従業員の自由意思に委されていたものと推認することができる。

もっとも前記各ビラは日本共産党の推せんする立候補者に関する選挙運動であるからこれに反対する従業員の存することは容易に推認しうるところであるが(たとえば、《証拠省略》によると社内には公明党支持グループもある)、従業員がこれをかりに閲読したことによって職場の規律を乱し、作業能率を低下させるとか、他の従業員の休憩時間中の自由利用を現実かつ具体的に妨害したとか、従業員相互間の紛争を誘発・助長したとかは到底考えられないしその証拠も見当らない。

以上の次第であるから原告の政治活動としてなされた本件ビラ配布行為は就業規則第一四条、労働協約第五七条に該当しないものと解するのが相当である。

従ってまた原告が新藤工場長から本件ビラ配布を無断でしないよう注意されながら原告がこれに従わなかったことを把えて就業規則第五九条三号にいう「正当な理由なくして上司の命令に従わないとき」に該当すると見るのは失当というべきである。そうだとすれば、被告のなした本件処分は、懲戒処分に関する就業規則の解釈、適用を誤ったものとして無効というほかない。

四、就業規則第六〇条一号には戒告は「口頭をもって訓戒する」と規定されているところ、戒告処分を受けた従業員が人事考課、特に賃金、賞与や昇給等の面で他の従業員より不利益に取扱われること、原告の場合も現実にかゝる不利益な取扱いを受けていることは《証拠省略》によって明らかであるから原告は本件戒告処分の無効確認を求める訴の利益を肯定し得る。

よって原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡野重信 裁判官 中根與志博 榎下義康)

〈以下省略〉

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